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【旅行記】諏訪のサンジュリアン邸を訪ねて <03>:5月19日 (金)「秘密基地」
◎あらすじ〜日本酒ブログの筆者であるオレ (moukan1972♂) と妻 (moukan1973♀) の二人で、当ブログの名物読者であり、筋金入りのワインコレクターでもあるサンジュリアンさんの御宅を旅行がてら訪問した際の、心のアレコレと現実のモロモロを、特に旅行好きでもないオレがそこそこ本気を出して書き綴った旅行エッセイ。
【注意】※外から見ると普通の一軒家です。



入って左が赤、真ん中のウォークイン・スペースに積まれた箱がシャン、右が白やシャン。それぞれ700本ずつくらいあるそうです。これプラス日本酒の一升瓶が約7〜80本ほど。
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EP-03:5月19日 (金)「秘密基地」
▪︎ご近所の上品なマダムかと思ったらサンジュリアン夫人だった。
正直、感心するというよりは呆れる気持ちの方が強いが、趣味 (なのか!?) にここまで情熱を傾けられる大人は存分に素敵と言っていいだろう。30年以上も前に諏訪に広い家を建て、三人の子供 (娘二人、息子一人) を立派に育て上げ──可愛い孫も二人いる──、今も家族の王として威厳を保ち、奥様から白い目で見られることがあっても、なんだかんだで皆から頼られるその圧倒的な存在感は、まさに〝最後の昭和的父親像〟そのものだ。彼がそこに座れば、周囲の者すべてが王の従者となる。
実は半年くらい前に一度メールでセラー内の写真を送ってもらったことがあったので新鮮な驚きこそなかったが、ある意味でオレが最も心を奪われたのは、整然と雑然が織りなす複雑な酒ジャングルの中でこちらに尻を向けて静かに眠る数々のワインたちではなく、ダンボールの鉢からまるでキノコのように明後日の方向に伸びている「鳳凰美田」の無邪気な姿に対してであった。

▲寝癖のような角度でニョキっとダンボールから生えてる「鳳凰美田」が存外に愛らしい。
ドアは奥にしか開かないので、出入りすらスムースではなく、高貴なセラーというよりは、高貴なワインが押し込められた納戸と言った方が正しい。閉所恐怖症の人がここに閉じ込められたら2分で泣き出すくらいには狭いし、実際、広さのイメージは高級マンションのウォークイン・クローゼットくらいだろう。
「真ん中のダンボールのほとんどがシャンです。酷い時はドアを開けると中に入れないこともありました。これでもだいぶ片付けたんですよ。知り合いにバイト代を払ってやらせました。それで1年半くらい前に800本ほど業者に売ったんですよ。買値はだいたい売値の半値以下ですけど、全部で約◯◯◯万円で売れました。長年セラー温度で管理して来たので、コンディションの良さを褒められましたよ」
Q)セラーの温度管理について教えて下さい。

▲変な話、冬場は下手すりゃワインが凍るのでエアコンの暖房で庫内の温度を上げるらしい。
「あ、モーカンさん、これがボランジェの2003ですよ。これ珍しいんですよ。ヴィンテージだけが書かれたボトルです」

▲次に行った時に飲ませてください (笑) 。
なにせこの量とこの環境なので、サンジュリアンさん本人ですら、特に何かを探すつもりもなくゴソゴソやっていると「オレはこんなものまで買ってたのか!」という発見があるらしく、逆に買ったはずのワイン (特に中央のシャンの山が秘境地帯) がどこにあるのか探せないことも多いと言う。するとキングが何かを見つけたようだ。「ペテルスのシェティヨン2002 (リンク先は2004) ですね。これ確か14本くらい買ったんですけど、一人で飲むには勇気がいるので、まだ開けたことないんですよ。これいっときますか?」
基本的に我々はキングの言うがままであり、まな板の上の鯉であり、テーブルの上のグラスである。「飲みたーい!」とmoukan1973♀のテンションが上がる。オレ同様、中身のことなどは何もわかっていないくせに、高そうなシャンパーニュであることを女特有の物欲まみれの嗅覚で会話の中から感じ取ったのだろう。「じゃあ、これは冷蔵庫で冷やしておきましょう」
それからオレたちは飛ばし屋サンジュリアンの運転する車で山道沿いにある蕎麦屋へ向かったわけだが、細かい時系列は曖昧なものの、事前に「夕方4時まで仕事で留守」と聞いていた奥様とは、このときすでにガレージ付近で軽い挨拶を済ませていた。どうやらお昼を食べに一度戻ってきたようだ。はじめ、小柄で色白の女性がオレたちに近づいて挨拶して来たとき、オレはてっきり御近所のマダムかと思っていたのだが、それがサンジュリアン夫人だった。
「こんにちわ〜。なんかいつもお世話になっているみたいで〜。このあいだもお家にお邪魔したみたいですみませ〜ん」──サンジュリアンさんから聞いていたイメージとは異なり、上品で知的なイメージの漂う、柔らかいホワホワしたNative Grooveを放つ奥様であった。近所の高校と大学で英語を教えていることは事前に知っていたが、なるほど、それが納得できる雰囲気がある。軽い挨拶もそこそこに──「それじゃあ、のちほど」「本日はお世話になります!」──車はあっという間に山道へと進んで行った。
「上品で素敵な奥様ですね」とmoukan1973♀が言うと、サンジュリアンさんは少し顔をしかめて「いやいや、あれで腹黒いんですよ」と舌打ちするように呟いた。旦那がこういう振り切れたキャラクターの場合、これはmoukan1973♀とも話していたのだが──我々が訪問した際、果たして奥様はどういう立ち位置で我々に接するのだろうと思っていたのだが──、どうやら酒はそれほど好きではないようだし、夜は彼女の運転でホテルまで送ってくれるようだし、我々三人の輪には入らず「どうぞお楽しみください」と言って奥へ下がるのか、それとも酒も飲まずに輪に加わるのか、そこのイメージがよく掴めていなかったのだが、あの挨拶の感じだと、彼女はキングの連れてくる客人をそれほど鬱陶しいとは感じていないようなので、少し安心した──これがオレの正直な感想である。
事実、その宴が始まると、彼女はずっと我々の輪の中にいたし、キングがスケールのデカい昔話を始めると、ずっと彼の方を見て話に耳を傾けていた。ただ一度か二度、いつもの──と思われる──「母の小言 vs サンジュリアン少年のしかめっ面」に遭遇することもできたが、それも長年連れ添った夫婦であれば日常の些細で軽やかなコミュニケーションの一つではあるのだろう。

▲GWや土日はそこそこ混むらしい「そば処 おっこと亭」の外観。

▲店の周辺。 (photo:005)
▼店の周辺。 (photo:006)


▲「もりそば大盛り」──サンジュリアンさん曰く「駅前の蕎麦屋もどっちも味は・・・まあ普通です。ただ駅前の蕎麦屋はお新香が食べ放題なんですよ」──同じようなモノであれば、より得な方を必ず選択する姿勢はオレと同じである。彼は同じワインを10円でも他より高く買うとすごく悔しい思いをするそうで、だからこそ彼が何気なくコメント欄にリンクを張って紹介してくれるワインは、常にその時点での「最安値」であることはあまり知られていない超重要事項である。

▲「山菜のてんぷら三種盛り (330円) 」──なかなか出てこなかったが、見かねたキングが煽るとすぐに冷めたモノが出てきた。オレもよく飲食店で出てくるのが遅い料理を煽るが、今日はホストではないので静観していた。そしてせっかちなキングは天ぷらが来る前に蕎麦を食べ終えていたし、自分で2つも頼んでおきながら「胃がもたれるので」と言って口にしなかった。オレたちは天ぷら待ちが少し長引いたせいで、待機中の蕎麦同士のファニーな癒着が静かに進行していた。
軽い腹ごしらえを済ませると、オレと妻は鎖 (シートベルト) につながれて看守の運転する護送車で「魔の山」へと運ばれていった。
「すごーくイイ天気で良かったですぅ〜。早くシャン飲みたーい!」
オレは愛する妻の、この無邪気で鷹揚な笑顔を守ってやれなかったことは特に後悔していないが、自分がハイキング・タイムに突入する前に、せめて膝の屈伸運動くらいはやっておくべきだったことは今でも激しく後悔している。
moukan1972♂
つづく
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※更新スケジュールは未定ですが、記憶の永続性には限りがありますので、少しずつでも毎日UPする予定です。
Name - moukan1972♂
Title - To サンジュリアンさん
毎度です。
──話を盛ってるじゃなくて、面白く表現してるんですね。
まあ、NHKの教育番組で小学生相手に説明するとすればそうなりますかね (笑) 。「面白さ」は結果であって「面白い事を書けば面白い」というのは僕の中では「文芸」ではないです。
昨日もmoukan1973♀にシャンを飲みながら説明してましたが、たとえば電車の一車両に100人の乗客がいたとして、その100人に共通するのは「今わたしは電車に乗っている」ということです。これは「事実」です。
じゃあ、この「事実」が「文芸」になる瞬間って何か。
わたしは今、見知らぬ99人の異星人と共に、なぜか山手線と同じコースを進む宇宙船に乗っている。
乗客の1人が今の自分の状況をたとえばこんな風に書けば、それが「文芸」になるというわけです。なので「面白く表現する」というより、僕にとって「書くこと」は「この現実を違う階層の次元に文芸的に越境させる」ということだと思ってます。
文芸とは言葉同士の新しいコンビネーションを創出することですよ。サンジュリアンさん、子供の頃に薬品混ぜて化学実験するの好きだって言ってたじゃないですか。言わばそれの文系版ですよ (笑) 。
現実世界で「見たことないもの」「新しいもの」を物体として創ることは容易ではないけど、文芸の世界──言葉のコンビネーションの世界であれば、いつだって「見たことないもの」「新しいもの」の扉を開けることができるんですよ。その瞬間のスリルがあるから、これだけの量の文章を日々書けるんですよ。これが唯一のモチベーションですよ。僕はそれを自分で見てみたいんですよ。