もう肝臓の無駄使いはしたくない夫婦の日本酒備忘録

 パンダのお酒 (白黒のお酒) が届きました。
〜 日本酒の家呑みレポ&本日の1曲、安センベイ評、時々メガネ警察〜

◤本日の1曲♪特別連載 (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11) d@@b「CLUB MUSICにおけるREMIXについてのアレコレを徹底解説!」【ACID JAZZ】The Brand New Heavies - Never Stop (Single Edit Remix) 1991 #WALTER GIBBONS, SALSOUL, LARRY LEVAN, PARADISE GARAGE 


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未来の子供たちの為に書いています。長いので、興味のない方、根気のない方、斜め読みの方は、出口はコチラになっております。

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genre tag:UK SOUL/ACID JAZZ
▪︎とか大袈裟なこと言ってますが、一度は書いておく必要があると思ったので、基本的なことを音源を通じて整理できれば。さて、昨日のFrankie Knucklesの曲で名前のあがった、同じDEF MIX PRODUCTIONのDavid Moralesによる、Not-Houseな傑作リミックスを紹介します。長くなるので、場所を下に移します。











CLUB MUSICにおけるREMIXについてのアレコレを徹底解説!

教材:「 The Brand New Heavies - Never Stop 」US盤12inch (1991)

A1 - Never Stop (Extended Remix) 6:53
A2 - Never Stop (Remix Dub) 5:20
A3 - Never Stop (Instrumental) 5:32
A4 - Never Stop (Remix Single Edit) 3:55
All Remixed By David Morales

B1- Never Stop (Extended) 5:38
B2 - Never Stop (Heavy Beats Mix) 5:41
B3 - Never Stop (Original Single Edit) 4:03



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 photo (by Al Pereira) : Getty Images




(1) 最初に通読上の注意。基本的に音楽に関しては、もうかれこれ20年以上、他人 (友人や先輩も含む) やプロの音楽ライター連中と根元レベルで意見が一致したことは一度もないし、オレ自身、結果的に常に異端でしかなかったので、これから書かれることは──客観的な事実以外は、真面目で熱心で親切で慎重な書き手がネットでいろいろ調べて方々に配慮しながら書いたような代物ではありません。ま、ほとんどフリーハンドで書いてますので、音楽に関する様々な認識論については──もはや日本酒についても (笑) ?──独善的と捉えられて仕方のない面もあるでしょう。

 GA! それは半分以上、意図したところでもあります。そもそも世界 (客体) というのは、カントの認識論を待つまでもなく、物事それ自体をありのままに見たり捉えたりすることはできない。結局は自分の目──あるいは他人の目を通じてしか何かに接することができない。そのとき、オレは他人の目に優しく寄り添うことを、少なくとも音楽に関しては一切しないということ。むしろオレの耳を通じてアナタに聞こえない音の細部を知らしめることこそに何某かの意義を感じる、そういう書き手。なので、ここに書かれたことを教科書的な意味での正解だとは思わない方がいい──もちろん、将来的に書き換えられた教科書になり得ることはあるけれど。

 堅苦しい話はこのくらいにして、まずは「Original Single Edit」というVerを聴いてみましょう。Club Musicの12インチ (=LPサイズのシングル) やMAXI SINGLE (=CD SINGLE) なんかによく登場する「Single Edit」という言葉は、「Radio Edit (Mix)」や「7'' Edit (Mix) 」や「Short Ver」なんかと意味は同じで──場合によっては「Album Ver」と同じ内容になることもある──、簡単に言うと、ラジオやTVサイズの長さに編集した短めのヴァージョンということね。だって、Club DJ向けにリミックスされたVerになると、中には歌が始まるまでに2〜3分以上もイントロがつづく曲もたくさんあるからね (笑) 。ちなみに「7'' Edit (Mix) 」の「7''」は日本では「ドーナツ盤」と言われることの多い、7インチレコードを指した数字。CDが登場するまで、ほとんどのシングルは7インチとしてリリースされていたので、その名残りね。

 面白いのは、別にこの短いヴァージョンの方が原曲なのに、まるで肩身の狭い表現で説明されているということ。思うにこれは、12インチやMAXI SINGにおいては、DiscoやClubなどで好まれて使用される「Extended Mix (=Long Version) 」の方が標準的な長さなので、たとえ原曲サイズであったとしても、「相対的に短いヴァージョン」という肩書きを与えられるようになってしまったということね。こうした逆転は1984〜1987年頃のUS/UKのメジャー (POPS/ROCK) 系アーティストの12インチなんかのクレジットから定着して行ったように思う。

 参考までに、一般販売された──1973〜4年頃から非売品のPROMO盤では存在してたけど、レコード屋で一般の客が買えるようになった──世界で初めての12inchシングルは「Double Exposure - Ten Per Cent (1976) 」と言われてる。そう考えると、リミックスの歴史もせいぜい40年程度のものか。


 ▶︎Original Single Edit (PV)
 


 実際、このヴァージョンは「Album Ver」と同じ (だと思う) 。つまり──別にエディットしてねえし (笑) 。このへんの歪な構造から、いかに当時のClub MusicにおけるDJ上位ぶりが凄かったのか、間接的に伝わってくるようで楽しい。まさに「Extendedこそ正義!」っていう。ま、かく言うオレも、当時はCD派 (Album派) のリスナーを頭ごなしにバカにしてたしな (笑) 。でも実際、1990年代のClub Musicの栄華を体験するには、アルバムなんか聴いてても全く耳クソの役にも立たないからね。これはホントのこと





(2) 簡単な曲解説を先に済ませておこうか。まあ、オレが説明するまでもないっすね。1991年の大ヒット曲です。大ヒットと言っても、アメリカのBillboardのナショナルチャートで1位になったとか、そういうことではありません。厳密に言うと、「当時日本──に限らず──、Club Musicの12インチやCDを輸入レコード屋で買い漁ってた連中、Club通いしてた遊び人たちの間で大ヒットした曲」に過ぎません。ま、あれですわ、日本酒で「蔵元完売! 異例の大ヒット!」──これと似たり寄ったりの、狭い世界での大ヒット程度に思っておいて下さい。

 もちろん、日本酒のヒット商品よりは世界的な広がりがあるけどな (笑) 。音楽って、ある時代を境にして、第一義に「記録メディア」のことを指すわけで──元々は儀式や宗教と一体のもの、それから楽器等で演奏されたサウンドそのもの、ベートーヴェンやリスト以降は作者や演奏家 (アーティスト) と一体の創作物、次第にレコードやテープなどに記録されたサウンドの一群──というように、時代ごとの概念の変遷史があるわけだが、まずもって、再現性 (再生性) や拡散力において、飲食物とは比較にならない点だけは前提として押さえておきたい。

 さて、この「Never Stop」、音楽のジャンルで言うと──ここでは深くは掘り下げないけど、いわゆる「Acid Jazz」という言葉でカテゴライズされるのが一般的で、まあ、これに異論は特にない。ただし、一つ知っておきたい事実は、「Acid Jazz」というジャンルが真に花開いたのは、'90〜91年の僅かな期間に、このジャンルの一連のサウンド群が、狭義としての「Jazz」という概念から、自ら大きく逸脱したからこそなんだよね。つまりはこういうことだ。

「Acid JazzはJazzからの逸脱を通じてジャンルとしての強度を手に入れた」──音楽検察

 世の音楽ライターは基本バカばっかだから真面目に書くけど、'80年代中期からUKで本格化した「Acid Jazz」という創作上の方法論や概念が、もしも一定の〝Jazzness〟に踏みとどまっていたら、ここまで大きなムーヴメントにはなっていなかったということ、これは真実。全てのジャンルを横断して尚、それが「Acid Jazz」として成立するという音楽としての無限性──この獲得なしに何かのジャンルが強化されることはない。元々は古いJazzやFunkのレコードをかけて踊るという文化から始まったAcid Jazzだけど、'80年代末から本格化しつつあった様々なDacne Musicの要素をすべて吸収して、それこそ「それのどこがJazzなの?」というレベルにまで創作の幅を広げたことが、結果的にますます「Acid Jazz」のジャンルとしての強度を高めていったことが重要だと思うわけだ。

 実はこれ、今の日本酒にも当てはまる部分が少なからずある。たとえば低アルコールのジュースみたいな日本酒を「そんなの日本酒じゃない!」と言うことは容易い。でも、「Acid Jazz」のように、あらゆるジャンルを飲み込んでも尚、自らを「This Is Acid Jazz !!」と言えれば、それこそがジャンルとしての強度を高める。だからALC.8度の甘くてジュースみたいな日本酒が「これも日本酒だ!」と言うことは、何より日本酒というジャンルの強度を高めることこそあれ、日本酒という概念を弱体化させる要因にはならないということがどうしてわからない、一部の保守派は。今の日本酒はオレにとって、修辞的な誇張抜きで、ホント'90〜91年頃のAcid Jazzとムーヴメントの隆盛具合が似てるんだよ。

 ここまで「Never Stop」の話、ほとんどナシ (笑) 。じゃあ、最後に昨日紹介した「Original Single Edit」がDJ PLAY向けに引き伸ばされた「Extended」を紹介しておこうか。REMIXの話をする前に、まずはオリジナルVerを聴いておかないとさ。


 ▶︎Original Extended Mix
 


 本格的な楽曲解説は明日だな。「Extended」最大の聴きどころはラストのSAXソロな。そして不幸な事に、アルバム派のリスナーはこれを知らずに死んでいくと (笑)





(3) そもそもREMIX (リミックス) とはなんぞや?」──という問題について少し話しておこう。ここでは起源や語源については掘り下げない。あくまでも現物 (12inchレコード) を通じて説明しよう。

 言葉としては文字通り、「RE (再び) MIXされた音源」ということになる。さらに実際的な表現を用いれば、「一度完成した音源 (原曲) に再び手を加えたもの」ということになる。これは1970年代中期以降のDiscoやNight ClubにおけるDJサイドからの要求という面も強い。曲と曲をスムースにつなげて選曲するというスタイルの確立に合わせるように、元々のシングルサイズの長さでは不便が生じることもある。たとえば、イントロが短いとか、いきなり歌が始まるとか、間奏や後半のリフレインが短いから次曲へのミックスポイントがないとか──そうした現場サイドの要求プラス、当時はまだまだブラックミュージックやディスコサウンドというのは、今のように市民権を得た音楽ではなかったという問題もある。つまり、そうした音楽を制作するレコード会社にとっては、DiscoやClubでDJにたくさんPLAYしてもらうことが楽曲にとって大きなプロモーション (宣伝) になると考えたわけだ。

 ここに両者の思惑が一致する。DJ連中は長く引き伸ばされた、使いやすい音源としての12inch盤のシングルが欲しいし、レコード会社としても、そういうシングルを制作してDJたちにPLAYして欲しい。なぜ12inchサイズなのかは単純なことで、7inch (ドーナツ盤) にはせいぜい5分程度の楽曲しか収められないというメディア属性がある。その点、12inchはアルバム (LP) などに使用されるサイズなので、片面に約30分の音源を刻むことができる。それに加えて、レコードの溝を大きく割くことで、音質や音圧が高まり、簡単に言うと「スゲえイイ音のレコード」になる。同じ大きさの面に30分の音源と、30分の音源を刻める面に10分の音源を贅沢に収めるのと、どちらがイイ音になるかは明白なことだ。今の時代に置き換えてわかりやすく言えば、写真の画素数を想像するといいだろう。同じサイズの絵葉書があったとして、画素数の少ない設定で撮影した写真と、より多い画素数で撮影した写真、そのどちらをハガキにプリントした方がキレイな画像になるか──ひとまずここでは、12inchにおける音の良さとは、これと同じ理屈だと思ってくれていい。

 こうした背景から、1970年代中頃から徐々にPROMO盤 (非売品) としてシングル曲の12inch盤 (当時はAlbum Verをそのままの長さで焼いたもの) がDJやラジオ局に販促物として配られるようになる。当時の12インチに「Not For Sale」とか「DJ Use」とか「Promotion Only」と書かれているのはこのためだ。そうした中、1976年頃から、徐々にREMIXされた楽曲も現れてくる。ただし重要なのは、当時のREMIXは、その言葉通り「RE (再び) MIXされた音源=完成した音源 (原曲) に再び手を加えたもの」に過ぎず、原曲を再編集 (Edit) して──当時はテープを繋ぎ合わせるというアナログな手法が主だった──、イントロや間奏や後半のリフレインが引き伸ばされた、「単なるLong Version」だったということだ。つまり、原曲のオケをそっくり別のトラックに差し替えるという現代的な意味でのREMIX方法論は、この段階ではまだ確立されていない。これにはテクノロジーの進歩を10年近く待つ必要がある。

 さて、このことを踏まえて「Never Stop - Original Extended Mix」の意味を深く掘り下げると、頭のイイ読者なら以下のようなことに気づくだろう。

「これって、当時で言う〝リミックス〟じゃね?」──。

 Walter Gibbons (後述)
 はい正解。まったくその通り。AlbumヴァージョンをDJ USEに引き伸ばした──RE (再び) MIXされた──音源という意味では、当時で言う立派なリミックスと言える。そして、1990年代においては元曲が引き伸ばされただけのこうした音源がなぜリミックスと呼ばれなくなったか──これを知ることが現代的なリミックスの意味を本質的に理解するということにつながるわけだ。

 ここまでの話を正しく理解すると、実は最初にトリビア的に紹介した「世界で最初に一般販売された12inchシングル、Double Exposure - Ten Per Cent (1976) 」の存在意義が明白に理解できるようになると思う。これが当時のREMIX方法論によって制作された──つまり、Longサイズに引き伸ばされたヴァージョンということになる。明日は改めてこれのAlbumヴァージョン (6:51) と12inchヴァージョン (9:15) を聴き比べてみることにしよう





(4) 1日空いてしまったけど、今日は「Ten Per Cent」の2つのヴァージョンの違いをDJ目線で比較していくことにする。ま、実際に予習してきた人はいないだろうけど (笑) 、この解説を読めば「なるほど」とそれなりには楽しめるはず。


 GALAXY 21
 ちょっとWalter Gibbons (1954-1996) について軽く書いておこうかね。今では「Remixer (リミキサー=リミックスをする人) 」という認識を得てるけど、元々は音楽制作者ではなく、正真正銘のDJです。

 1976年当時、NYのGALAXY 21というDiscoでDJをしていた彼のもとに、ある日、Double Exposureなどが所属するSalsoulレーベルの人間がやってきた。そこで「Ten Per Cent」の12inch用Editを依頼されるわけだが、彼自身が日本の雑誌『remix増刊号 - HOUSE LEGEND』のインタビューで「リミックスというよりエディットだよ」と語っている通り、これはあくまでもDISCOやCLUBでDJがPLAYするための「Long Version」に過ぎなかったわけだ。実際、原曲の音源に何か別の新しいサウンドや旋律が追加されているわけではなく、あくでも原曲のパーツを自由自在にパッチワークしただけの、今で言うところの「Re-Edit (再編集) 」に過ぎないわけだが、Club MusicのRemixの歴史──いや違う、音楽そのもののRemixの歴史──がここから始まったのはなぜか。 (※ここではあえてNY流のRemix手法をレゲエのDub史からの直線的系譜の上では語らない。それらのミクスチュアの発展はすぐ目の前に迫ってはいるが──。)

 それは、 Club Music (Dance Sound) にとっての最重要生命線が、アレンジにおける構造的配列にこそあるということが「Ten Per Cent」のRe-Editによって証明されたからだ。Walter Gibbonsは先のインタビューの最後にこう付け加えた。

DJとかが自分のクラブに遊びに来て大騒ぎをして急に盛り上がったんで、何かやったんだということについては気づいていたよ」──。

 Walter Gibbonsが「Ten Per Cent」にかけた魔法の9分15秒はフロアに全く新しい未体験ゾーンの高揚と熱狂をもたらした。それは理屈ではなかったはずだ。もう実際にこれをPLAYした途端、フロアが勝手に大爆発を引き起こしてしまったに違いない。通常のミュージシャン的な発想からはあまりにかけ離れたブっ飛んだ発想力によって構築された、この音楽アレンジにおける斬新で革命的な構造的配列──今のリスナーがこれを聴いて特に斬新さを感じないことについては、すでに身の回りの音楽の隅々にまでこのWalter Gibbonsのかけた魔法の破片が撒き散らされているからだと頭でわかっておいて損はないだろう。

「リミックスとは、1976年のNYで発見され、その後世界中に広まった、ポピュラー音楽界における新種の熱狂ウィルスである」──音楽検察


 そしてもう、NYのダンスミュージックを全く知らないアナタですら、すでにこのウィルスに感染しているのだ──下手をすれば生まれたその日から。というのも、1976年以来、日本のアイドルソングやPOPSの中にもこの因子は隅々にまで広まっており、そうしたサウンドを日々の日常の中で意識せずとも耳にしてしまっている以上──それに何より!──、「Ten Per Cent」のRe-Editに特別の斬新さを見出せないという、まさにこの事実こそがこのサウンドに対するなんらかの耐性を獲得していることの証左であると言えるわけだ。これに驚かないのはこれと似たようなものをたくさん知っているからなのだ

 さっき生まれてきた子供に物心が備わったあと、彼らがスマホやタブレットを見ても全く驚かないのと理屈は同じだし、果実のような味と香りの純米大吟醸をさんざ飲んできた我々日本酒ハードーユーザーが今さら獺祭に驚かないのとも理屈は同じだ。もしも可能なら、一度タイムマシンに乗って1970年代に飛んでみるといい。スマホを見せただけで、すべての人がキミを宇宙人だと信じるだろう。なんなら奈良時代に飛んで獺祭を振舞ってみるといい。すべての飲み手がキミを神だと信じるだろう。

 前置き&脱線が長いのはオレの流儀──それでは、さっそく答え合わせをしていこう。



 ▶︎Special 12" Disco Mix By Walter Gibbons
 


 あえて印象論的な言い方をすれば、Walter Gibbonsがリミックスした12inchヴァージョンの方が歌が始まるまでのワクワク感がハンパないということ (笑) 。冒頭40秒のところでBassとオーケストレーションが一度消えてDrumとKeybordだけになる部分──原曲の4分15秒からの間奏部分をTAPE編集してここに配列──、こうした発想は極めて〝後のハウス・ミュージック的〟だと言える。DJたちの間ではよく〝抜け〟という言葉で表現されるアレンジ手法だ。音の加算ではなく減算によって音楽上の大きな効果を得るという発想の最初の具現化と言ってもいい。間奏部分でこうした減算的アレンジが施されることはよくあるが、イントロ部分でのそれは極めてDJ的な発想であると言える。

 なぜなら、普通のアレンジマナーの常識で考えるなら、イントロというのは一般的に徐々に音数が増えていくものなのだ。Walter GibbonsのRe-Editが魔法たる所以は、冒頭のイントロに〝まるで一つのドラマのような物語構造〟を持ち込んだところにある。つまり、イントロのインスト部分を〝ひとつの楽曲=ドラマ〟として捉え、そこに音楽的な起伏を与えたということだ──もはやそれは、起承転結の起の中にミクロな起承転結を持ち込んだと言ってもいい。おそらく1976年当時のDance Peopleたちはこの抜け部分でマグマのように絶叫したに違いない。


 ▶︎Album Version
 


 これに対して原曲の方は、同じ40秒のところで、まるで2番の後の間奏のようなブレイクが挿入される。この間延びした感じ、わかるだろうか。まだ曲が始まったばかりなのに、なんだか既に終わってしまいそうなドラマ展開だ。ワクワクするというよりは、まるで曲の途中から聴きはじめたみたいじゃないか。そして2番のBメロが終わった後の展開はまるで別物。そもそも原曲は2番に関してはBメロの後にサビのリフレインに向かわず、3分18秒から半ば唐突な流れで間奏に突入する。

 ところGA、DA、Walter Gibbonsは違う。2番でも、Bメロの後にちゃんとサビのコーラスを配置する (3分22秒) 。しかも、これをTAPE編集で何度もしつこく連発する。からの4分17秒はい再びオケが抜けた〜。これこそがClub Music式の快楽的構造配列なんだよ。そして遂にこのヴァージョン最大の見せ場が訪れる。

 6分11秒部分テテッテ、ッテッテッテッテテッテッ×3連発♪ (7分17秒でおかわり) 。さて、この印象的なブリッジ部分はどこから引っ張って来たか──なんと原曲のイントロ1分10秒で一回だけ使われるアレンジを、後半のこのタイミングの、最高潮に盛り上がるタイミングで挿入、しかもTAPE編集──1976年当時にサンプラーやパソコンの音楽編集ソフトはないから、同じ箇所を何度もTAPEにダビングしてそれらを地道に張り合わせるというやり方で3連放射するというマジック! この長大なLong Editを当時はじめてフロアで聴いた人間はマジ死ぬで (笑) 。

 結局、中盤のブレイク (間奏) 以降、一度も歌に戻ることはなく、延々に曲が引き伸ばされた挙句、突如としてエンディングを迎えるわけだが、これがDJによる本格的なREMIXの起源であることからも──前述した通り、ここではREMIXの起源がレゲエのDubにあるという論法はあえて採用しない──、その後のリミックス史を理解する上で必聴な曲だと思い、少し細く解説してみた。明日は「DJとリミックスの関係について」の話をします。

 Brand New Heaviesは何処へ・・・





(5) これ、一体いつ終わるんだろうね (笑) 。まあいいや。慌てる必要も下手に端折る (はしょる) 必要もないし、コチトラどこまでもしがらみなく自由やで。

 さて、Walter GibbonsがSALSOULの人間に「Ten Per Cent」の12inchシングル用のEditを依頼されたとき、彼はそこにDJとして何を吹き込もうとしたのだろう──音楽的に何を目論んだのだろう。この12inchシングルを〝世界初の本格的リミックス作品〟という前提に立って話すとき、一番最初に考えなければならないのはこのことだ。今では特にClub Musicに傾倒していない人でも、普通に〝Remix〟という言葉を知っていたり、一定の理解を備えているだろうが、その発想の起源を深く洞察する機会に恵まれる人となると、数としては一気に激減する。だからこそオレは書くのだ。

 実は今回はじめて、Wikipediaの「リミックス」のページを読んでみた。一応はあったのね。もちろん誰が書いたかは知らないけど、オレとは違い (笑) 、 (一部の表現に誤りや言葉足らずがあるものの) 短い文章でわかりやすく端的に説明されていたので、先に答えを提示するという意味で軽く引用しておこうかね。ここで誤りを直すのは嫌味かい? だったらWikipedia内で更新しろって? いや、やり方わかんねえし。



 ※訂正・加筆箇所は赤字で記載。

 リミックスが世界的に普及したきっかけは、1970年代後半のニューヨークにおけるディスコ・ブームであった。ファンクやソウルのレコードの中で、ダンスフロアで踊っている人々に(踊りやすいという理由で)好まれる部分の演奏時間を何とかして引き延ばしたいと考えたディスクジョッキーたちが、当初は同じレコードを2枚用意し、それらを並べて置いたターンテーブルで若干の時間差を付けて再生し、ミキサーを用いて手作業でそれらのレコードの「延長したい部分」を交互にプレイしていたのであるが、やがて最初からDJが使いやすいように原曲を引き伸ばしたり、ヴォーカルを取り除いたり、踊りやすいブレイクの部分や音のパーツを強調したレコードが発売された (やがてレコード会社が現役のDJなどに12インチ用Long Versionの制作やリマスタリングを依頼するようになり、そこでDJたちは、最初から自分たちが使いやすいように原曲を引き伸ばしたり、ヴォーカルを取り除いたり、踊りやすいブレイクの部分や音のパーツを強調するというアイディアを12インチ制作の現場で実践した) 。

 最初のディスコ向けリミックスは、ニューヨークのDJであるウォルター・ギボンズが手がけたファンクバンド (ボーカルグループ) 、ダブル・エクスポージャー(Double Exposure)の「TEN PERCENT」という曲のロング・リミックス (12inchシングル用のRe-Edit) である。わずか数分の原曲 (※ここで言っている「原曲」とは、おそらく3分05秒の短いヴァージョンのことだと思うが、これはLong Versionとは真逆の意図で〝7inchシングル用にShort Versionとして編集されたもの〟という理解が正しい。当然、Walter GibbonsのRe-Editの元音源はこのShort Versionではなく、オリジナルのマスター音源ということになる。ただし、実は6分51秒のAlbum Versionもレーベルのオーナー兼エグゼクティヴ・プロデューサーであるKen CayreによってEditされたものなので、この曲については、むしろ〝真のOriginal Version=録音しっ放しの無編集Version=日本酒で言うところの無濾過生原酒Verison〟は存在しないと考える方が自然である) を9分以上に引き伸ばしたこのリミックス盤は爆発的な大ヒットとなった。後にはダンス向けでない普通のポップスであっても、ディスコやクラブで掛けてもらうことによるプロモーション効果を狙った「ダンス・リミックス」が12インチシングルにカップリングとして収録されるようになった。

 その後、リミックスの技法の発達や成熟 (コンピューター制御によるレコーディング技術の圧倒的向上とサンプラーやシンセ等の楽器テクノロジーの劇的進化、及びDJたちがおのおのに自前のプロダクションを立ち上げ、より自由なスタジオワークの中でリミックス作業を効率化できるようになったこと) により、ディスコで使用する為ではなく、完全に原曲を再構成してまったく別の曲を作り出すようなリミックスも現れた。




 さて、せっかくなので、上の要約記事を膨らませる形で話を進めるとしよう。

 本質的な問題を直視するならばこういうことだ。

 Walter Gibbonsはいきなり依頼された初めての大仕事で、どうしてあのような歴史的な名Long Editを作り上げることができたのか──。

 もちろん、彼に天才的な閃きがあったことは事実だが、もっと正確に、かつそっけなく説明するとこういうことになる。

 普段のDJプレイの中で似たようなことを2枚の同じレコードを使って実践していたから──

 もしくは、

 普段のDJプレイの中では自分が本当にやりたい理想の流れや構成で音楽を表現できず、常に「オレが楽曲制作者ならここでこうする」というアイディアが蓄積されていたから──。

 つまり、Walter Gibbonsは1976年当時、すでにDJの現場で、たとえば4〜5分の曲を、同じレコードを2枚使ってそれらを交互に再生することによって曲を創造的に延長してプレイしたり、これと同じ手法で、次の曲をミックスするときに途中の間奏部分からカットインさせてから、そこから同じ曲のイントロへ繋いで自分だけのヴァージョンをその場で直感的な閃きで創造したり、フロアが盛り上がるサビのリフレインを何度も繰り返したり、こういった一連の創造的なDJプレイを通じて、実際の現場ですでにエディトリアルな音楽制作を日々行っていたということなのだ。

 Aという曲を頭から再生し、それが終わりそうになったらBという曲にスイッチする、そういったラジオ局のような作業的な選曲スタイルではなく、Walter Gibbonsを含めLarry LevanやTee Scottなど、この時代の一部の先鋭的なDJたちが実践していたのは、曲と曲の無味乾燥な羅列などではなく、なによりもAという曲をいかに効果的かつドラマティックにフロアに届けるかという、単なるレコード再生という次元階層を一段飛び越えた世界での音楽表現だったのだ。

「Club Musicにおけるリミックスの誕生は、一部の先鋭的なDJたちによる創造的なレコード再生術からのフィードバックによって引き起こされた」──音楽検察



 ▶︎NY CLUB MUSIC界のレジェンド3人衆。
 左からFrancois Kevorkian、Larry Levan、Walter Gibbons@西麻布YELLOW (1992)

music_larry_levan_walter_gibbons.jpg  photo: Red Bull Music Academy Daily



 言うならば、Walter Gibbonsによる「Ten Per Cent」のRe-Editは、「オレが普段DJプレイしてる時、ブースで何をやってるか、その楽屋裏を全部見せちゃうよMIX」と言ってもいい。とはいえ、直感的なアドリブだけで、これをライブで実践するのは技術的に不可能なわけで、そんなときレコード会社の人間に「キミの好きにやっていいよ」と言われたら、そりゃ気合いも入るという話じゃん (笑) 。普段はDJの現場で慌ただしくアドリブでやってるようなことを、じっくり腰を据えて作り込めるわけだ。

 ただし、この「Ten Per Cent」の12インチのクレジットのどこを見ても「Remix」という言葉は見当たらない。ここには「DISCO BLENDING BY WALTER GIBBONS」と書いてあるのみだが、この「DISCO BLENDING BY」という言葉がこのあと定着することはなかった。そればかりか1976年以降は「Mixed By」という表記がメインで、「Re-Mixed (Remixed) By」という表記は全体の中ではあくまで少数派だったし、そうかと言って、これらの言葉が当時明確に使い分けられていたわけでもない。むしろ時代が進むにつれて「Mixed By」という表現の方が勝手に廃れていったと考えるのが自然だろう。というより、「Mixed By」という言葉が本来的な使われ方──マルチ録音された各パートを2chマスターにトラックダウンするという意味──に帰っていったということだ。







 世界初の一般販売向け12inchシングル「Ten Per Cent」の商業的成功と、映画『サタデー・ナイト・フィーバー (1977) 』の世界的大ヒットによる一大ディスコ・ブームとの相乗効果もあって、レコード会社各社は競うように12inchシングルの制作に力を入れるようになる。ただし、 Walter GibbonsやLarry Levanなどの先鋭的な現役DJによる前衛的なリミックス作品や手法が一般市場で主流になることはなく、あくまでも当時はアンダーグラウンドな世界での表現の場であったことは頭に入れておきたい。メジャーなレコード会社が世に送り出したソウルやファンクの名曲12inchも数多く存在するが、それらはあくまでも〝アルバムよりも圧倒的に音の良いシングル盤〟の域を超えないものがほとんどだったし──お気に入りアイドルの写真を葉書サイズで持つかポスターサイズで持つかの違い──マニアにとっては大きすぎる違いだが (笑) ──、中には〝Extended (Long) 〟を謳っているものもあったが、せいぜいイントロと間奏が割り増しされただけのヴァージョンに過ぎなかった。

 次回は1978年にWalter Gibbonsが「Loleatta Holloway - Catch Me On The Rebound」の12インチ制作の中で、Club Musicにおける構造的快楽メソッドを一気に完成させてしまった話をします。今あるすべてのHOUSE系ダンスミュージックの基本構造はすべてここに集約されてると言っても過言じゃない。SALSOULの12インチを全部聴いたわけじゃないし、この時代には無数の有名無名のDISCOシングルが存在するので、あまりデカイことは言えないかもしれないけど、まあ、ある意味でこれが最強でしょう。

 というわけDE、興味のある人はAlbum Versionを予習しておいて下さい。一緒に考えていきましょう。この原曲に対してWalter Gibbonsが1978年に何をやらかしたのか。「キチガイ」という言葉では生温いので、「オキチガイ」と「オ」を付け足しておきます





(6) ちょっと空いちゃったかな? ま、この間は関連事項などを細かくサポードしていたので、頭の中が休んでいたわけじゃない。基本的にClub MusicやNY Discoサウンドに慣れ親しんでいない人と、慣れ親しんでいるけど自分じゃ書けないし言われてみれば他の誰かが書いたものを読んだことがない人のために書いてるので、学術的なレベルでの新発見や新解釈を誇示する目的は実はあまりない。

 というのも、ここに書かれていることのほとんどはマニアや専門家にとっては周知の事実ばかりだし、別の見地に立てば、また違ったアプローチで同じ曲を説明したり解釈したりも容易に可能なはずだ。それでもオレが書くのは、「書けるから」という理由以外で言えば〝高次元でのパロディー作品〟を創り上げたいから。そう、これはこの世に存在するあらゆる音楽レビューに対するパロディーなのさっ。

 人が美味しいものを食べたり飲んだりして幸せになるように、オレはつまらない考え方や文章を真面目と善意という偽の鎧を身に纏って書き直して、それまでの既存の何かを無意味の砂漠に島流しにすることに創作的意欲を感じる底意地の悪い人間なんだから仕方ない。それに、カラダやココロを病んでいるときは完璧な状態で書けないので──違った趣旨の暗黒ポエムなら書けるかもしれないけど (笑) ──、もう歳だし、いつまでアクロバティックなレトリックに対して鋭敏でいられるかわからない。つまりこれは、「カラダの元気なうちにいろんなところを旅行しておこっ!」という考え方の、言わば思念ヴァージョン──頭の中でなら、いつだってどこへだって飛躍できるんだぜ。

 そして何よりオレは、次世代の天才たちをゴースト的干渉で刺激したい。こっちが枯れて面白いモノが創れなくなったときに彼らの創った面白いモノをアホ面して鼻クソほじりながら楽しみたいからな。たとえ微弱で取るに足りないインテリジェンスの欠片だって、文化的遺伝子 (ミーム) の翼に乗ってどこまでも飛んで行けるんだ。



 ▶︎Album Version (Original Version)
 



 さて──なにが「さて」だ!──、大学の講義同様、たとえ予習してきた学生がゼロでも授業は進むものです。だから、進むのです。後ろを振り返って誰もいなくとも、オレは未来の天才の後ろ姿しか見てないからな!

 この曲が曲単体として音楽的にどうかということについては言及しない。ここで問うのはその構造性だけだ。当時のDiscoサウンドとしては、特に変わった点はない。普通のポピュラー音楽やRockよりも少し曲が長いけど、これはダンス・ミュージック的な特性によるものなので──この頃になると最初からある程度DJたちにDiscoやClubでプレイされることを念頭に音楽が制作されるようになっていたので──Album Verisonの6分10秒という長さも、イントロと間奏のブレイクを長めにアレンジすれば、これくらいにはなるし、特筆するほどの長さではない。


music_Loleatta_Holloway1.jpg  まずは8小節×2のイントロがあって、からのサビのコーラス──これはワンセット (8小節) 、Aメロ - Bメロと進んでサビのコーラス、特にブレイクを挟まず即2番へ、ここも順当にAメロ - Bメロと進んでサビのコーラス、サビのリフレインはここでも無し──と、ここまでは〝いわゆるClub Music的な減算アレンジ (抜け) 〟もなく、至ってノーマルな展開。2番のサビのコーラス直後に (2:30) 、一瞬だけドラムだけのブレイクになるけど、これは4小節だけと極めて短いもので、曲全体の効果の上で〝抜けという機能性〟を獲得するには至っていない。

 このあとはサビのコーラス再開に向けてブリッジとしてオーケストレーションを前奏的に積み重ねつつ、予定通りサビのコーラスを清く正しくリフレイン (連呼) 、そこにLoleatta Hollowayによる扇動的なアドリブ・シャウトが被さるという、この時代のソウルやディスコサウンドにとっては王道──というより決まり切った素直な展開。サビのリフレインを一通り済ませた後は、一度オーケストラのストリングス&ブラス隊が抜けて (4:06) 、ここからは前戯ではなく後戯のようなテンションのコーラスブレイクが続く。大事なのは、このコーラスブレイクで「Catch Me, Catch Me, Baby, On The Rebound〜♪」という新しいコーラスメロディーが登場するということだ (4:21) 。そして最後に印象的なドラムのフィルインを伴ってサビのコーラスのリフレインが熱い流れで再開し (5:41) 、その後は教科書通りにフェードアウトして行く。




 (12'') Loleatta Holloway - Catch Me On The Rebound



 さあ、鬼才Walter Gibbonsは、この平凡で優等生なAlbum VersionをDJ的な創意で再生しようとするとき、この曲のどの部分をどう強調し、また、曲のどの部分に対して、よりエモーティヴでセンチメンタルな音楽要素を感じていたのだろう。アナタなら、このAlbum Versionの、どこに最大のドラマを感じるだろうか。そして鬼才Walter Gibbonsは、実際にこの素材を元に一体どんなドラマを創り上げたのだろう。

 次回は衝撃の問題作、12inchシングルB面収録の「Instrumental」ヴァージョンを聴いていきます。クレジットが楽器演奏を担当しているThe Salsoul Orchestraになっているのは一流の洒落ね。Instrumental (歌ナシのヴァージョン) だからA面でクレジットされてるLoleatta Hollowayを敢えて使わないっていう。やるなあ (笑)





(7) さて、今日から本格的にWalter Gibbonsの創作上のクレイジーさについてシラフで語っていかなければならないわけだが、まず確認しておきたいのは、この12インチがリリースされたのが1978年ということだ。「つか、オレ生まれてねえし」という読者も大勢いるはずなので──オレですら小学1年生だし (笑) ──、この制作年時を引き合いに出してこのリミックスの異常さと斬新さを説明することは意外に難しいわけだが、この時代の日本の音楽シーンを軽く振り返ることで、相対的に当時のNYのトップDJが──当時は極めてアンダーグランドな存在ではあったが──レコードという時間の芸術の中で行っていたことの新しさを垣間見れるかもしれない。



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 photo: SONY「YMOヒストリー」



 1978年の日本の、それなりにDance Musicとして最先端だったのは、間違いなくYMO (「Tong Poo」♪) であることに異論はないだろう──もちろん桑名晴子山下達郎や吉田美奈子なんかもいたけど。だがしかし、そんなYMOも当時国内では一般販売向けの12inchシングルの制作はしていない。ディスコDJに配布するために一部Promo盤で出回っていたようだが──ちなみに海外盤のYMOの12inchは結構たくさんの種類がある──、それでも12inch用のLong EditやRemixに相当するような別ヴァージョンの制作は、国内外を含めて、少なくとも1978年〜1984年の第1期時代には、オフィシャルでは行っていない──藤原ヒロシたちが勝手に作ったメガミックスはあったけど (笑) 。DE、ここが大事なのだが、それはなぜか──推察すればこういうことだろう。

「えっ? なんで完成品に手を加える必要があるの? しかも他人の手によって・・・。」

 しかし、NYのSALSOULレーベルは、前述したように、すでに1976年の時点で、当時NYアンダーグラウンド・シーンのトップDJだったWalter Gibbonsに「Ten Per Cent」の12inch用のLong Editを依頼しており、しかもそれで商業的な成功まで手に入れていた。同時代の日本の音楽シーンで似たような現象が起きなかったのは、アーティストやレコード会社側の楽曲に対する理解 (思い入れ) の温度差というのもあるが、現実的には、当時の日本のDJたちが、アーティスト目線で──あるいはそれ以上の感性で楽曲というものを理解し、その再生技術 (ディスコでレコードをプレイするという行為) に対しての創意工夫こそに自身の音楽表現の本質があるという立脚点を持ち得ていなかったことが大きいように思う。たとえば当時の日本のディスコでも、YMOの「Rydeen♪」や「Technopolis♪」は当然プレイされていたはずだが、DJ自身がYMOの発想や感性を超えた次元でこれらの楽曲を再生するというアーティスト魂を現場で成熟させていなかったということ──同時期の日本の音楽シーンでブっ飛んだリミックス作品が誕生しなかった理由は、結局のところ、これに尽きる。

「リミックス文化の成熟には〝DJのアーティスト化〟という音楽的母胎が何より必要だった」──音楽検察

歴史に〝たられば〟はない」──だから、今聴けば誰にでもわかる斬新性を、模範となるような具体的なサンプルがない状態で見抜くことは決して容易ではない。たとえば1978年のオリコン6位の大ヒット曲の中に、10年後の最先端ダンス・ミュージックの礎になっていたかもしれないリズム・パターンが含まれていると言われて、それを信じる (理解できる) 人がその時代に存在しないのは当然のことで、それが今そうだとわかるのは、我々がすでにデトロイト・テクノという音楽ジャンルを知っているからだ。


▶︎郷ひろみ with 樹木希林「林檎殺人事件」 (1978)



 かつてイギリスの音楽雑誌「NME (New Musical Express)」は、中期YMOの代表曲「U.T」を「ハードコアテクノの元祖」と評したが、そのリズム・パターン (ドラム・プログラミング) の一部だけを切り取るのであれば、郷ひろみの方がYMOよりも少なくとも3年は早くその未来を手にしていたことになるだろう。つまり、この曲のイントロの4小節をテープ編集で引き伸ばし (ループさせ) 、そこにDm9 - Am9なんかのコードを延々に被せれば、少なくとも音楽的に約10年のタイムトラベルが可能だったわけだが、当時そんなことに気づく人間は誰もいなかったわけだ。

「未来に飛びたいなら、身の回りにある〝今〟の中に、その欠片を探すしかない」──音楽時空警察


▶︎Sueño Latino - Sueño Latino (Derrick May Remix) 1992



 ご存知「Manuel Göttsching - E2-E4 (1984) 」ネタの名曲HOUSEだけど、去年かな、一昨年かな、実は全く関係ない経緯から「林檎殺人事件」をYouTubeで聴く機会があって、それでビックラこいた。瞬間的に「Sueño Latino」のDerrick Mayリミックスを思い出したもの。これ、DJ界隈ではすでに周知の事実なのだろうか。ドラムマシーンにフランジャーを掛けてる感じとか、もう完全に後のデトロイト・テクノだよ (笑) 。

 ところで、この「Sueño Latino」のDerrick Mayリミックス、曲の頭からいつまでもバスドラム (キックドラム) がONしない。ずっとキーボードやドラム・パートのシャカシャカ部分やパーカッションだけが延々に繰り返される。3分30秒あたりから少しずつバスドラムがフェードインして来て、これが完全にON状態になるのは曲が始まって4分を過ぎてから。あのね、普通の曲ならもう終わりに向かってるんですけどっていう (笑) 。Club Music用語では、こういう低音サウンドをカットした音楽状態のことを、よく〝上モノ (うわもの) だけが鳴ってる〟なんて言うけど、〝抜け〟との違いは、抜けの場合はONからOFFへの状態変化を言うわけであって、このように最初からOFFの状態を〝抜け〟とは言わない。

 そして、主にHOUSEやTECHNO系の12inchには最初から最後まで低音OFFの状態がつづくヴァージョンが収録されることがよくあって、クレジット上は「Key (bord) -Pella」とか「Percussion-Pella (Perca-Pella) 」とか、「Acappella (ア・カペラ=オケのないボーカルだけのヴァージョン) 」をもじった造語で表記されることが多い。

 DE、これからの話の展開が自分でも信じられないくらい選曲的で驚いてるんだけど (笑) 、その「Key (bord) -Pella」の元祖──つまり世界初の「Key (bord) -Pella」ヴァージョンが何を隠そう、今回の「Loleatta Holloway - Catch Me On The Rebound」のインストというわけなんだ。

 ようやく話がつながった!

 1978年当時のNYアンダーグラウンド・シーンのトップDJと日本の一般的なディスコDJとの間にあったアーティストとしての違いをこれほど端的に証拠として指し示すことのできる12インチが他に存在するだろうか──いや、これは単にNYと日本という問題に留まらない、「Walter Gibbonsと世界中の他のDJたち」と言い換えても大袈裟な表現にならないかもしれない。


1978年のWalter Gibbons (以下、WG): 「オレさ、テンパーセントのEditで一発当てたから、今じゃすっかりSALSOUL御用達のエディターだよ。オマエ、これ聴いたことある?」
1978年の日本のDJ (以下、JJ) :「あるっす。ウォル先輩、パネえっす。あの長さ、なんすか? うちのディスコでも少し流行りましたけど、さすがに10分近くも同じ曲をかけてると客が飽きちゃうっていうか・・・」

WG:「オマエ、なに言ってんの? 飽きる? イイ曲なら何十分だって聴いていたいだろ、フツー」
JJ:「マジすか? ニューヨークのお客さんはみんなそうなんすか?」

WG:「アホか、オマエ。オレが聴いていたいんだよ。それを飽きさせずにプレイしてこそDJだろ」
JJ:「はあ・・・」

WG:「今度の発売されるロレッタ・ホロウェイの新曲エディットはスゲえぞ」
JJ:「マジすか! なにがスゴイんっすか!?」

WG:「フフフ、B面のインスト・ヴァージョンがな・・・」
JJ:「あ、わかった! カラオケ・ヴァージョンを収録してみんなで歌うんですね!」

WG:「だからアホか、オマエ。違えよ。驚くんじゃねえぞ。曲が始まって6分を過ぎないとバスドラムがONしないんだぜ (ドヤッ) 」
JJ:「はぁ? それでどうやって踊るんですか?」

WG:「だからアホか、オマエ。踊るだけがディスコじゃねえーだろ。フロアを驚かせてナンボだろ、DJは」
JJ:「そりゃあ、驚きますけど、みんなBARやラウンジにクールダウンしに行っちゃいますよ」

WG:「だからアホか、オマエ。最初にドラムONのヴァージョンをかけてるだろ? それで最高潮に盛り上がってきたところでドラムOFFのヴァージョンにチェンジするんだよ。これ、まるで床が抜けたみたいにみんな腰を抜かすぜ? 感じやすいコなんか、踊ってる最中にイっちゃうぜ、エヘヘ」
JJ:「このエロDJ! でも、なんでドラムが消えると腰が抜けるんです?」

WG:「だからアホか、オマエ。それがレコードをドラマティックにプレイするってことだろーが。つまりは、それがDJってもんだろ。ただ与えられた曲を素直にプレイするだけじゃラジオDJと変わりねえだろーよ。つうか、そもそもオマエ、DJやってる時、ブースでなにやってんの?」
JJ:「えーと・・・次にかける曲の準備をしたり、お客さんのリクエストを訊いたり、あとはフロアの可愛イイ子を探したり・・・エヘヘ」

WG:「だからアホか、オマエ。今まさにかけてる曲でなにをしてるんだよ、DJとして」
JJ:「えっ? ちょっと言ってる意味がわからないんですけど、今かかってる曲があとどれくらいで終わるとかそういうことですか?」

WG:「だからアホか、オマエ。違えよ。たとえばさ、今年の日本の大ヒット曲に『ピンクレディーのサウスポー』っつう曲があるだろ?」
JJ:「ウォル先輩よく御存知で! これ、うちのディスコでも超盛り上がるんっすよ! BARとかラウンジで休んでたお客さんもみんなフロアに大集合みたいな! 先輩もサウスポー好きなんすか?」

WG:「だからアホか、オマエ。オレが言いたいのは、そのサウスポーをかけてる時、オマエはDJブースでなにをしてんの?って訊いてんの」
JJ:「いや別に・・・。とりあえずノリノリで踊ってますかね (笑) 」

WG:「だからアホか、オマエ。サウスポーをよりカッコ良くプレイするためにキミはDJブースでなにをしているんですか?」
JJ:「針が飛ばないように気をつける?」

WG:「だからアホか、オマエ。同じレコードを2枚使ってサビを何回も繰り返すとか、イコライザーでサビの部分の低音をいきなりカットしてバスドラムが抜けたみたいに聴かせるとか、いくらでもDJがやるべきことあるだろーが!」
JJ:「ウォル先輩、いつもDJブースでそんなことしてるんですか?」

WG:「だからアホか、オマエ。その曲を自分流に解釈したり、プレイの方法を工夫したり、フロアの意表を突く展開を創造したり、そういうことしねえのかよ?」
JJ:「だってオレら、DJっすから、レコードをかける以外にはあまりやることがないというか・・・」

WG:「だからアホか、オマエ。たとえばレコード会社からサウスポーのエディットを依頼されたら、オマエならどうするんだよ、この曲を」
JJ:「いやあ〜、そんなこと、今まで考えたこともないっす・・・。イントロを長くするとかですか?」

WG:「だからアホか、オマエ。DJとしてなんのアイディアもねえのか? オレなら10分以上の長さに引き伸ばしてだな、サビの部分のバスドラムをカットしてだな。いや、今回のロレッタ・ホロウェイの新曲でやったみたいに、サビ以外のピンクレディーのボーカルを全部カットして延々にイントロのブレイクをループさせてもCOOLだな。うん、これいいぞ。イントロのツテテ、ツテテ、ツテ♪ ツテテ、ツテテ、ツテ♪の部分を3分くらいループさせるのどうだ?」
JJ:「それじゃピンクレディーの曲だってお客さんに伝わりにくいじゃないですか。なんかいつまでも先に進まない出来損ないのカラオケみたいじゃないですか。それにそんなことしたらレコード会社の人に怒られちゃいますよ」

WG:「だからアホか、オマエ。フロアが盛り上がればレコードの宣伝になるわけだろ? だったらDJはそういうヴァージョンを作りゃいいんだよ。そうすりゃレコードもバンバン売れてレコード会社も儲かるじゃねーか」
JJ:「ウォル先輩、僕、ようやく分かってきたことがあるんですけど、もしかして僕らって、同じDJでも、ブースでやってることや音楽に対する基本的な考え方、まるで違いませんか?」

WG:「だからアホか、オマエ。気づくのが遅せえんだよ。いつまでこの問答を繰り返えさせるつもりなんだよ」
JJ:「これぞDJ流ベシャリのLong Edit、なんちゃって。(ゝω・)v テヘッ」

WG:「いい加減にせいっ!」
JJ:「どうも、失礼しやしたー」

(※上記の会話は筆者の想像の賜物で、歴史的事実に基づいた内容ではありません)





(8) なかなか本題に入らないのはオレが若い頃からダンス・ミュージックの12インチばかりを聴いきたせいで他ならぬ長いイントロというものに過度な美意識を抱いているからではなく (笑) 、本題を理解するには事前の準備が必要だと思うからだ。しかしながら、未来の賢い子供たちはこの長大な解説を斜めに読みながら要点を一瞬で2〜3行にまとめ、その知識を元に当代の新たな解釈を生み出して行くことだろう。オレだってこれまで様々なところで書かれたり聞いたりしたことを自分流に頭の中で2〜3行にまとめ、それらを我が物としつつ、こうして書いてるわけだし、それが知恵の伝承──つまりは文化的遺伝子ミームの拡散ということなのだ。だから、どうかこれを踏み台にして新しい何かを作ってくれ、未来の若者よ。

 少し時間が空いてしまったので、課題曲のおさらいを。1978年にSALSOUL傘下のGOLD MINDレーベル (実質SALSOULだと思ってくれていい) からリリースされた「Loleatta Holloway - Catch Me On The Rebound」の12inchシングルなんだが、12inch用の編集作業を担当したのは、ここ何回かの連載で何度も名前の挙がっているWalter Gibbons (写真右) だ。1976年当時、NYのGALAXY 21というディスコでDJをしていた彼の元にSALSOULの人間がやってきて「Double Exposure - Ten Per Cent」の12inchシングル用Long Editを依頼したわけだが、彼はそこに日頃のDJプレイによって培った様々な音楽再生術のアイディアを駆使し、単なるつぎはぎのTAPE編集に過ぎないアナログな手法ではあったものの、楽曲に奇跡のような全く新しい輝きと高揚感を宿らせ、それこそ「Ten Percent」を「120%の名作」に押し上げてしまった。ここにNY DISCOサウンド──というより〝REMIXという概念〟のビックバンが起こり、かつて若き日のピカソがセザンヌの絵画に全く新しい立体表現を見出したのと同じように、一部の才能あふれるDJや鋭敏な感性を持ち合わせたリスナーたちは、なんとなく音楽の真実に気づきはじめる。

もしかしたら、ダンス・ミュージックのもたらす高揚感の正体は、メロディーやリズムや装飾上のアレンジなんかではなく、むしろその単純な構造的配列にこそあるのではないか」──と。

 単に音が消えたり、再び現れたり、本来そこにあるべき音を別の箇所に配置することで何かが変わる、もしかしたら盛り上がりに必要なのは音の加算ではなく減算なのではないか、アレンジ上の音の装飾的発展ではなく構造的な反復とその僅かな変化のコンビネーションによって全体のドラマは構築されていくのではないか──人々がそういうことに気づきはじめる最初のキッカケを与えたのがWalter Gibbonsなのではないかと、ここでは一応そう結論付けているわけだが、もちろん、同時代にはLarry LevanTee Scottもいたし──そして彼らは間違いなく偉大なレジェンドたちだが──、果たして同時代にここまで原曲を粉々に解体して再構築するという音楽制作を実践していたDJが、Walter Gibbonsの他にいただろうか。少なくとも1978年の時点では誰もいなかったと断言しておく。

 なぜ断言するかと言えば、その方がオレの間違いを指摘したくなる人間を挑発しやすいじゃないか (笑) 。 だから「Catch Me On The Rebound」のインストよりブッ飛んでる1978年印の12inchヴァージョンがあったら、是非ともコメントを残して欲しい──もしもそれがオレの耳にもそう感じたのなら、この説はそこで更なる高みへと更新されるだけであって、オレにとっては嬉しい気持ちこそあれ、恥ずかしいことも悲しいことも一切ないのだから。



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 さて、「Ten Per Cent」の大ヒットを受けて、Walter Gibbonsの元には様々な12inchシングル用Editの仕事が舞い込むようになるわけだが、彼にしてみれば、DJブース内でいちいち同じレコードを2枚使ってあれやこれや創意工夫を凝らさなくても、仕事として受けた12inchシングル制作の中に最初から自分のアイディアを詰め込んでしまえばいいわけだから、さぞやり甲斐を感じて楽しかったことだろう。イントロや間奏が短いなら長くすりゃいいし、余計な音があるならカットすりゃいいし、低音を上げたいならイコライジングを変更すりゃいい。当時のテクノロジーでは創作上の様々な制約や限界はあっただろうが、逆にその制約があったからこそ常軌を逸したアイディアが生まれたとも言える。これは今でも様々な分野で引き起こされているありふれた現象だ。膨大な製作費を使っても意外に面白いものを作れなかったりする、メジャーな超大作映画なんかでよく起こる、あれだ。

 そんな好き放題やりたい放題のノリノリの1978年のWalter Gibbonsが常軌を逸して自我を押し通した、今の若者言葉で言うところの「神リミックス」を聴いていくとしよう。今から38年前の奇跡を、ウォル先輩 (仮想上のWalter Gibbons) の解説と共に追体験していこうじゃないか。



 ▶︎Album Version (Original Version)
 


 ▶︎12" Single - Side B



 ▶︎Instrumental (Remixed By Walter Gibbons)
 




WALTER GIBBONSによる仮想曲解説!

※以下の本人解説はすべて著者moukan1972♂の想像上において書き起こされたもので、事実ではありません。あくまでもエンタテインメントの一環としてお楽しみ下さい。ただし、音楽的には本質に迫る内容になっています。制作上の技術的な解説については、音源を聴いた上での推察に過ぎません。尚、文体はリアルさを追求するため、あえて翻訳調に整えられています。

 ウォル先輩 (仮想上のWalter Gibbons) :「こういうのは意外に照れるものだけど (笑) 、ここからはオレが自分で解説するよ。当時オレが何を考えてこんなヴァージョンを12インチのB面に収録したか、そのすべてを喋ってみよう。もちろん、これはあくまでもmoukan1972♂による創作的な仮想解説だから、事実と異なる心情や説明も多分に含まれてはいるだろう──いや、ほとんど100%が彼の常軌を逸した創作パワーによって生み出されたものだろう。だけど、そんなことはどうでもいいんだ。これは言葉によるパーティーなんだぜ? 盛り上がることだけが大事なんだ。それ以外の大切なことは、それぞれが別の場所で別のやり方で探していけばいいんだ。

 オレがこの12インチでやりたかったことは、オレが普段DJブースで何を考えているのか、それを端的に示すことだったんだ。でも、実際にはDJ中に自分の理想とする音楽表現はほとんどできていないんだ。たとえば、ここでボーカルを消したいと思っても、イコライザーやアイソレーター (音域を低・中・高に分離してそれらを極端にアンチ・ブーストさせる機材) だけじゃ限界があるだろ? それでも普段、別に妥協しながらDJをしているわけじゃない。ただ、もっとよりよくするためのアイディアは常に持っていたんだ。与えらえたレコードで何ができるか、その曲をどうやって輝かせるか、およそDJがブースの中で考えることなんてせいぜいこれくらいのものさ。

 だからオレは、この12インチのEditとMixを任されたとき、レコードの中に、どうせならDJブースで表現不可能なサウンドを実現しようと思ったんだ。要は、オレ自身の理想のヴァージョンをこの中に閉じ込めようとしたんだ。幸い、テンパーセントの時とは違い、オレも出世したから (笑) 、レコード会社はすでにトラックダウンされた2chのマスター音源ではなく、それぞれの楽器パートがマルチ録音された状態の、真のマスターを使わせてくれるようになっていたから、ドラムやベースを好きなように消したり入れたりすることが可能になったんだ。こうなると、アイディアは一気に満たされるし、もう仕事をしている感覚はなくなっていたよ。単に自分だけの理想の展開と構成を実現するためだけに神経を集中することができたんだ。

 1978年当時のDISCOシングルの12インチというのは、程度の差はあれ、結局は現場で使いやすい、Extendedに引き伸ばされたヴァージョン作りがメインだったんだ。オレはSALSOULで相当に好き勝手やらせてもらってたけどね (笑) 。それでもまだやったことのないEditがあったんだ。それが今回のインストというわけさ。オレは深夜のピークタイムで、曲のサビ部分で極端に低音をカットするイコライジングがフロアをエキサイティングに盛り上げることを経験で知っていた。今ではすべてのClub Musicがこのマナーに従ってるはずだけど、1978年当時、こうした音楽表現はまだまだアンダーグラウンドで少数派だったんだ。だって、普通は一番盛り上がる部分では最も多くのパートが鳴り響くものだろ? でもオレの現場では違った。一番盛り上がる部分で最も音数を少なくするんだ。するとどうだ。フロアがそれまでにないくらいにエキサイトするんだ。信じられるかい? 深夜のピークタイムの絶叫の中で、フロアから様々な音が消えていくんだ。

 だからオレは、この12インチでその効果を極限まで突き詰めようとしたんだ。さあ、一緒に聴いていこう。



 ▶︎Instrumental (Remixed By Walter Gibbons)
 



 いきなり曲の冒頭4小節で、オレはストリングス (弦楽器) 以外のパートを全てカットした。このストリングスだけの感じ、まるで『The Beatles - Eleanor Rigby』みたいでCOOLだろ? そこから少しずつオーケストレイションを増やして行ったんだけど、ラテン・パーカッションを除いて、リズム・セクションに関しては、曲の後半までドラムとベースを一切カットしたんだ。当時、SALSOULの担当者に言われたよ。『ねえウォルター、キミはうちの名ドラマーと名ベーシストを一体どこに監禁したんだい?』ってね (笑) 。

 ところで、Album Verisonよりもラテン・パーカッションの音が立ってるのがわかるかい? このInstrumental Versionでは、曲の後半まで、このパーカッションが唯一のペースメーカーだから、元々のMIXバランスとイコライジングを大幅に変えて、音の一粒一粒をわざと派手に際立たせているんだ。Album Versionだといろんな音が鳴ってるから目立たないけど、こうやって全体の音数を絞っていくと、曲の新しい表情が見えてくると思わないかい? DJというのは、曲の持つ、そのままでは聴こえにくかった様々な表情や輝きを一つ一つ丁寧にほどいていく作業のことだと思うんだ。ただオレは、DJというアクションを通して、その曲の魅力を最大限に引き出してやりたいだけなんだ。12インチでのミックス作業というのは、もちろん自分の使い勝手の良いエディットに仕立てるという一面もあるけど (笑) 、最終的には、音楽の力を信じることからすべては始まると思うんだ。偉大な演奏家やシンガーがレコードに吹き込んだ様々なソウルを、オレたちDJが最高の形でフロアに解き放ってやるのさ。

 ほら、これだけ音数の少ないMIX (Version) だと、普段は聴こえにくい様々な音がハッキリとわかるだろ? 最初にこれを友人に聴かせたとき、彼は真面目な顔をしてこう言ったんだ。『ウォルター、僕はキミが途中で仕事を投げ出すヤツだとは思っていないけど、まさかこれで完成品というわけじゃないだろ?』ってね (笑) 。もちろんオレは言ったさ。『黙って最後まで聴いてみなよ。そうすればオレがいつにも増して野心的にこの仕事を完遂したかがわかるから』。すると曲を最後まで聴き終えた友人が『Congratulation! 悔しいけれど、キミが創り上げた素晴らしい不完全品は、おそらくダンスフロアをかつてないほどの完璧な熱狂に導くだろうね』と言ってくれたんだ。

 多くのリスナーがこのヴァージョンを通じてAlbum Versionでは隅に追いやられていた美しいバッキング・ピアノに出会うはずさ。1分53秒のグリッサンドに気づく人は少ないだろうけど、ヘッドフォンを付けて耳を澄ませば、2分08秒のグリッサンドから始まるピアノには多くのリスナーが気づくはずさ。3分00秒にもグリッサンドからピアノが入る。そして遂に3分22秒からベースをフェードインさせるんだ。別にベーシストが休んでいたわけでもオレに監禁されていたわけでもないよ (笑) 。マルチ・レコーディングされているから、この初登場までベースが録音されているチャンネルをOFFにしていただけなんだ。テンパーセントの時はすでに2chにトラックダウンされた音源を渡されていたから、実質的にEditしかできなかったけど、今回はトラックダウン前のマルチ音源を使っているからこういう音の抜き差しがある程度は自由自在になったんだ。いいかい? ここからは息をつく暇もない怒涛の展開だよ。

 3分46秒からはこのMIX唯一のオーバーダビング (追加録音) パートである『ハンドクラップ (手拍子) 』が登場する。このハンドクラップはAlbum Verisonには存在しないサウンドなんだ。そして、ドラムが抜けた状態で鳴り響くこうしたハンドクラップは今やすべてのClub Musicの基本アレンジになってると思うよ。別にオレがオリジンだと思ってるわけじゃないけどね (笑) 。

 それにしてもこのBass、スゴイと思わないか? オレはこのベースパートをまるで一つのソロパートのように聴かせたかったんだ。普段は縁の下の力持ちであるベーシストを主役の表舞台に引きずり出してやったんだ。でも実はこれ、Album Verisonと全く同じトラックなんだ。まるで初期BILL EVANS TRIOのScott LaFaroみたいだろ?



 ▼左から、Scott LaFaroBill EvansPaul Motian
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 (The Bill Evans Trio at the Village Vanguard 1961) photo: Speakeasy



 オレはホーン楽器のソロのようにこの素晴らしいベースの演奏をフロアで鳴り響かせたかったんだ。SALSOULのエンジニアにはだいぶ無理を言ったけどね。オレが「もっとだ、もっとベースを前面に出してくれ。ここはホーン楽器のソロのようなバランスでイコライジングとミキシングをしてくれ」と言うと、『ウォルター、僕らの世界ではこうしたミキシングは御法度なんだ。キミがこれ以上ベースを上げろと言うなら、レコードにプレスしたとき、仕上がりがどうなっても責任は取らないぞ』と脅して来たんだ。だから言ってやったのさ。『演奏者のソウルのありのままを伝えるのがキミの仕事だろ。無理と言うなら、それをなんとかするんだ。オレは絶対に譲らない』ってね。

 でも思った通りさ。彼は怒って一度スタジオから消えてしまったけど、たった30分で問題を解決して、黙って仕事に戻っていたよ (笑) 。人はそれまで自分自身でやったことのない作業に自信を持てないけど、新しい実績を築くには必ず越えなければならない壁があるんだ。彼は自分でも気づいていなかったのさ。そんな壁くらい、いつでも簡単に越えられるということをね。彼の仕事はパーフェクトだったよ。こうしてディスコサウンドの12inchレコードの中で初めて、ベースパートがソロという主役として表舞台に立ったのさ。

 3分38秒で一度コーラスが消えて再び4分15秒でコーラスが現れたとき、オレがこのコーラスパートを左右に振ってるのがわかるかい? Clubでプレイしたとき、このコーラスがフロアをグルグル回るように工夫したんだ。同時に弦楽器パートはフェードアウトさせる。ここで鳴っているのはコーラスとパーカッションとハンドクラップとベースとピアノとRhodesエレピだけだ。オレがイメージしたのは、教会で鳴り響く賛美歌のような静謐な美しさなんだ。4分44秒で再度コーラスを退場させ、4分48秒には遂にピアノにもご退場願う。

 そして、4分59秒からの展開においては、とうとうオレの現場にも神が舞い降りてきたかと思ったよ (笑) 。ここから始まる『Catch Me, Catch Me, Baby, On The Rebound〜♪』という新しいコーラスメロディーのリフレイン、オレはこの曲の全てのドラマをここに集約したんだ。5分04秒でベースが抜けて、5分19秒で裏からピアノが再登場、これを受けて5分21秒でパーカッションの退場さ。フロアに鳴り響くのは、左右に振られた切ないコーラスのリフレインと、唯一サウンド全体をペースメイクするハンドクラップ、それにピアノとエレピ。この最小限のパートで構成された美しい数十秒間には、十分すぎるほどの、フロアを教会に変容させてしまうインパクトがあると思うんだ。それはDJにとってもフロアにとっても最高にスピリチュアルな瞬間さ。

 5分41秒でコーラスのリフレインが退場したとき、もうここには消え入りそうな、だけど研ぎ澄まされた音楽の本質的な力強さだけが微かに残されているだけだ。真っ暗のダンスフロアでただ静かにハンドクラップとピアノとエレビだけが鳴り響く奇跡の8小節さ。そして5分57秒・・・遂に静寂は破られる。

 ここで遂にパーカッション以外のドラムパートが初登場するんだ。マルチ録音されたハイハットのフェーダーだけを徐々に上げていく。これは完全に手作業さ。慎重に、だがドラマチックかつ情熱的に、4小節という、短いけれど世界のすべてが詰まった濃密な時間を割いて、美しくフェードインして行くんだ。5小節目 (6:04) の頭からはキックドラムの4つ打ちが荘厳に重なり、9小節目からは再度コーラスのリフレインが重なり、誰しもが胸の高鳴りを抑えることが困難になるほどの情熱的な4小節をなんとかやり過ごした後、曲は一気にクライマックスへと全力疾走をはじめるんだ。

 曲全体はここでようやくサビのコーラスのリフレインに立ち返る (6:19) 。8小節分のリフレインを終えた後にすぐさま退場、そして8小節のブレイクを経て、5分04分以来姿を消していたBassが最後の最後で合流したところで、残念ことに曲は遂に終わりを迎えてしまう。本当はBassが重なった後も3分くらい曲を続けていたかったけど、正直なところ、この時点でオレもエンジニアもすべての体力とアイディアを使い切っていたんだ。もうこれ以上は何も出てこないという限界までアイディアを振り絞ったからね。

 4分59秒以降の構造的展開は、後のハウス・ミュージック的なアレンジマナーそのまんまだと思うよ。だけど、一つだけ思い出してほしいのは、これは1978年のレコードということなんだ。そう、その頃の日本ではピンクレディーの『サウスポー』が大ヒットしていた1978年という時代なんだ。だからこそオレは思ったんだ──『とうとうオレの現場にも神が舞い降りてきた』ってね。これは言葉にできないほど素晴らしい体験だったよ。どんな音楽家でも一度は憧れる奇跡の時間が舞い降りてきたんだ。嬉しくないと言ったら、それこそ天罰が下るよ (笑)






▲Dan Hartman&日焼けした渡辺直美 Loleatta Holloway@Paradise Garage in 1980


(9) いよいよこのREMIX講座にも終わりが見えてきた──わけではない。もう諦めました。ささっと終えること。今後の予定としては、実はあまりシリアスに考えてもいない。もちろん、この時期の傑作リミックスや12inchをいちいち紹介していたらキリがないからそんなことはしないけど、とりあえず「ミドル80sの打ち込み系リミックス〜日本でも吉川晃司が12inchを出したりなんかの話〜'80年代後期におけるHOUSEのメジャー化〜'90年代におけるリミックス大爆発」くらいの緩いアウトライン程度は引いておいて、多くの読者の記憶から雲散しつつあるけど、最後は普通に淡々と、本来の題目である「The Brand New Heavies - Never Stop」の解説をしてエンディングを迎える予定です。どうだろうね。(20) くらいで済むとは思うけど。記事タイトルに「徹底解説!」なんて書かなきゃよかったよ (笑) 。

 さて、前回のつづき。おそらくDance Musicの12inchシングルとしては世界初のBEAT-OFFのヴァージョン (ドラムなどの低音パートを大幅にカットしたヴァージョン) である「Instrumental」の特筆すべき点は、これが単なるカラオケなどではなく、一個の独立した──DJ的な発想と創意によって音楽的に再構成された歌無しヴァージョンだというところにある。一つ押さえておきたいのは、1978年という時点で、本人も周囲もWalter GibbonsをRemixer (リミキサー=リミックスをする人) と呼んではいないし、また実際にレコードのクレジットを見ても、これが「原曲に対してのリミックス作品」であることを明確に示唆するような言葉は見当たらないということだ。そこにはただそっけなく「A Walter Gibbons Mix」と書かれているだけである。


 残念ながら、この表記の中に〝Remixの本質的な意味〟を見い出すことには少しの無理がある。そうした理解は、我々が当時の人間から見て未来人だから可能なことであって、同時期のSALSOULの12inchの中にはWalter Gibbonsほど前衛的なEdit作業が施されていない多くの楽曲に対しても全く同じ表現──「A ◯◯◯ Mix」(◯◯◯にはMixを担当した人の名前) ──が使われているのだ。つまり、当時のSALSOULの人間には、Walter Gibbonsとその他のエディターの創意の差を明確に区別するセンスは備わっていなかったということなのだ。

 いつだってどんな世界においてだって、本当に新しいモノというものは、それがその時代の中でタイムリーに認識・把握・理解されるわけではない。たとえ誰かの感性の片隅に「もしかしたらこれは新しい何かかもしれない・・・」という意識が現れたとしても、それを「あれは本当に新しい何かだった!」と言えるようになるためには、それなりにふくよかな時の経過が必要だし、逆に「これは斬新だ!」と豪語していた何かが数年の時を待たずにアッという間に風化することもまたよくある話で、その手の持続性に乏しい話にオレが今まで何度加担してきたことか (笑) 。

「真の天才性は真の天才によってしか発見されないし、我々はただ天才によって発見された天才性を享受しているに過ぎないのであって、それは単なる充実した参加意識でしかない。」──天才研究所主任


 先日「Ashford & Simpson - It Seems To Hang On (1978) 」の記事でも軽く触れたように、確かに同時代の12inchシングルの中にも「Remixed By」とクレジットされているレコードが存在はしていたものの、そこで意味されている「Remix」という言葉が、現在の使われ方と大きく異なることは明白であって、この時点では「一度完成した通常ヴァージョン (Album Version) に手を加える──再び音のバランスや構成をミックスし直す」程度の意味しか持っていなかったことはしっかり押さえておきたい。これはほとんど言葉の問題なので、これ以上深く掘り下げることに一定の虚しさを感じないわけでもないが、つまりはこういうことだ。

 1976年に「Double Exposure - Ten Per Cent」の12inchシングルが、ラジオ局やDJなどに配布される販促アイテムではなく商用として世界で初めて一般発売されて以降、映画『サタデー・ナイト・フィーバー (1977) 』の世界的大ヒットによる一大ディスコ・ブームとの相乗効果もあって、レコード会社各社は競うように12inchシングルの制作を開始する。その中で、通常のAlbum Versionとは違う内容であることを示すために、様々な表現が生まれた。言ってしまえば、「Remix」という言葉もその中の一つに過ぎなかったわけだが、ここから始まる12inchシングルの進化と発展の時間の流れの中で、最終的に「Remix」という言葉が淘汰の闘いに勝利したということだ。



 Paradise Garage (1976-1987) music_paradise_garage1.jpg
 photo: Rolling Stone



 '80年代中期から徐々に顕在化する新しい音楽の息吹──それらは様々なジャンルにおいて同時多発的に水面下で進行していたというのがオレの論だ。Rare Grooveもその一つだろうし、ジャマイカのレゲエに端を発する、UKのサウンド・システム派の代表格であるSoul II Soulも着実にRare Grooveを新時代のDanceフォーマットで書き換えようとしていたし、一方NYでは、同時期にシカゴで顕在化していたHOUSE MUSICの台頭によって、かつてLarry Levanの神業的DJで人気を博した「Paradise Garage (1976-1987) 」の伝説や、実際にそこでプレイされていた数々の名曲も掘り起こされ、NJでもParadise Garage世代の若者代表であるBlazeが自分たちで新しい音楽を作りはじめていた。来る'90年代の一大Club Music豊穣期の準備が着々とアンダーグラウンドなシーンにおいて遂行されていく中で、ようやく人々は過去のレコードの価値と意味を真に理解するようになり、その経緯の中でWalter Gibbonsが1970年代後半に成し遂げた一連の仕事に対しての評価も強固なものとなり、それらを当代のREMIX作品と相対させることによって初めて、

「ナニコレ、Walter Gibbons、今聴くと、やってることまんまリミックスじゃね?」

という精神風土が形成されていったのだと、オレはそう認識しているし、そのことを伝えるためにこの長い連載を続けているのだ。もちろん、一部の天才たちにはその意味はすでに理解されていたし、だからこそ、様々なジャンルの音楽へとその方法論が飛び火して今に至るわけだ。

 Walter Gibbonsが1978年にエディットを手掛けた「Loleatta Holloway - Catch Me On The Rebound」の12inchヴァージョンを我々が「REMIX作品」と認識できるのは、これ自体をREMIX作品として認識できたからではなく、'90年代以降の様々なREMIX作品を通じて、それがこれらの源流であるという事実に行き当たったからに他ならない。

 今ではWalter Gibbonsを「リミックスの開祖」と呼ぶことに異を唱える人は誰もいないであろう。だがしかし、それは当時からWalter Gibbonsがリミキサーだったからではなく、彼の成し遂げた仕事が歴史の船に揺られ時空を旅しながら今のリミックス作品の島へと流れ着いたからに他ならない。何事も決してそれ自体に意味があるわけではない。運よくそれに意味が生じるのは、何かの文脈という川の流れの中でそれがなんらか揺らめいだ時だけだ。だから無意味を恐れることはない。どんな事もそれ自体はいつだって無意味なんだ。我々はいつだって、意味というダンスホールへの入場を並んで待っている無意味という名の客のようなものだ──まるでゴドーを待ちわびるウラディミールとエストラゴンのように。

 次回はA面の歌ヴァージョンの曲解説をします。一応、予習用にYouTubeのリンクも貼っておきます。






 ▶︎完全HOUSEな怒涛の12inchヴァージョン!
 






(10) 真上に音源リンクがあるので、それを聴きながら読んでくれれば──っておい! 申し訳ありません。少し間が空きましたが、煮詰まったわけでも書けなくなったわけでもありません。むしろ逆。どうすれば長くならずに済むかを冷静に考えるために意図して間を空けました。なるべく今日は脱線をせずに淡々と──だがしかし一定の熱度を持って書いていこうと思います。先に結論を書いておこうか。

「このDISCO MIXは世界初のDJ生LIVE音源である!」──音楽検察

 どういうことか──長くなりそうで自分でも怖い。

 まずは下の写真をドドーンと。これは2011年のJoe Claussell (「彼は音楽をあやつる建築家であり、芸術のリーダーだ」<リンク先の本文より>←本文そのものが問題なのか和訳が問題なのかは不明) ですが、この便秘を乗り越えている最中のような悶絶顔ではなく、彼のに御注目ください。



 ▶︎Joe Claussellの最高傑作と言えば「Agora E Seu Tempo」で異論ないよね?
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 photo: AJ DANCE LEGACY



 別に機材を女体盛りにしてティクヴィ (乳首) をつまんでいるわけではありません。彼は真面目にDJ中であり、楽曲の展開に合わせて演奏的なインスピレーションの下、イコライジング (音質調整) の真っ最中であります。彼がつまんでいるのは、おそらくアイソレーターと呼ばれる、サウンドの低音・中音・高音を〝ほぼゼロ〟にまでカットできる機材で、今まさに楽曲に独自の起伏を与えんと、真剣にDJをしているところなのです──どうでもいいけど、そろそろ「です・ます調」、やめてもヨカですか?

 このアイソレーターという機材の効き目は凄まじく、これをClubなどの大音量空間で使用すると、本当に低音 (バスドラム&ベース) がスカっと消える。つまり、DJのさじ加減一つで楽曲そのもののアレンジまで変わってしまう。一番盛り上がるサビのリフレイン部分なんかで突如低音をカットすると、フロアーで踊っている客は腰が抜けたような状態になって大変な騒ぎになる。DJが煽る (ジラす) 、客が悲鳴を上げる、DJが煽る (ジラす) 、客が絶叫する──なんかエロいなこれ (笑) 。でもホント、その様はまさにエロティックで催淫的ですらある。ある意味これは、DJとフロアが繰り広げる音楽的なSEXと言っても大袈裟ではない。


 photo: mclan STUDY
 こうしたDJ的なイコライジング (音質調整) の元祖は誰なのか。そう、それこそがWalter Gibbonsをはじめとする'70年代中期以降に頭角を現し出したNYのアンダーグラウンドなDJたちなのだ。ここでは深くは触れないが、当然Larry LevanもWalter Gibbonsと同等に扱うべき偉大なレジェンドで、当時彼らが愛用していたのが、今はなきアメリカのUREI社の業務用ミキサー1620 (写真は他社の復刻現行品で、オリジナルは中古で40万以上) だ。DJたちはこのミキサーに搭載されているロータリーフェーダー (回転式フェーダー=ダイヤル=つまみ) を楽曲に合わせてグリグリやって低音をカットしたり、高音を上げたりしてDJプレイに自分だけの色彩を施した。写真のJoe ClaussellもこのNY的なDJスタイルの継承者というわけ。実際、彼がLarry Levanを私淑していることは有名なわけで──というより、NY系HOUSEのDJスタイルにおいては、もはやWalter GibbonsやLarry Levanからの影響を受けないことの方が不可能なほどだ。

 DE、ここからが話の本題。今回の「Loleatta Holloway - Catch Me On The Rebound」の12inchの歌ヴァージョンは、驚くことなかれ、 まるでWalter Gibbonsが現場でDJをしているようなサウンドをそのまま擬似的に再現しているんだ。言うならこれはもう、店頭に並べられる正規品のレコードとしては欠陥だらけの不良品に近い仕上がり。ミュージシャンが最初に吹き込んだ魂の演奏がDJの恣意的な操作によって好き勝手に凸凹に加工されてるんだから。

 わかりやすい例えで説明しようか?

 もしもアナタが「私立恵比寿中学 - バタフライエフェクト」のリミックスを依頼されたとする。渡された音源をDJミキサーに通して、ノリノリでダイヤルをグリグリやって低音を上げたり下げたりした音源を、そのままLIVEで2ch音源 (LRのステレオ音源) としてトラックダウンする。

はい、できました。渾身の〝俺様イコライジングREMIX〟です

 これ、商品になる (笑) ?──いや、普通はならない。ところが、Walter GibbonsのグリグリREMIXは歴史的な怪作になった。それだけでなく、1978年に産み落とされたこのグリグリサウンドが、40年近く経った今でもHOUSE DJの基本的な音楽観をズバっと射抜いてさえいるという驚きに満ちてる。残念ながらアナタの〝俺様イコライジングREMIX〟は40年後の何かの音楽に多大な影響を与えることはないが、Walter Gibbonsのグリグリは今でも教科書的なマナーを提示してくれる。さあ、一緒に聴いていこう。



 ▶︎完全HOUSEな怒涛の12inchヴァージョン!
 

 ▶︎Album Version (Original Version)
 



 12inchシングルという、高音質で優秀なメディアのせいもあるが、ド頭からすでに音圧がまるで違う。まず、各パートの音のバランスがまるで異次元。言ってしまえば「低音重視の偏ったミキシング」になってる。強調されたバスドラムに少しボテっとした野太いベースラインが絡み、パーカッションの中高域もグンと前に出て、サウンド全体がカッチリ硬質な風合いに整えられているのがわかるだろうか。アレンジそのものは全く同じなのに、一つ一つの音のバランスを自分流に再調整するだけでこの違い。上モノのオーケストラを少し奥に引っ込めて、ボーカル&コーラスには深めのリヴァーブ (残響効果) をかけて、Originalのように引き締まったまとまり感ではなく、それこそ教会なんかで唄っているような響きを持たせたエンジニアリングで、一つ一つの音がキレイに分離しているから、サウンド全体の幅に、より空間的な広がりがある。

 先に紹介した Instrumentalほどのブっ飛び感は今のところないが、まあ待て (笑) 。

 イントロはDJが使いやすいように余計な音はカットして、12inchヴァージョンらしいブレイク重視の編集。歌の1番・2番までは至って普通の展開だが、2番が終わるとさっそく2分25秒でベースが抜ける (消える) 。当時のポピュラー音楽のアレンジで、曲の中盤から長い間ベースが一時退場するというのは極めて例外的だ。なにげにここからのブレイクもカッコいいんだよな──このヴァージョンが爆発するのはもっと先になるけれど。

 2分29秒からはじまる最初の16小節は、基本はバッキング・エレピとフルートとリズムギターの3人がブレイクを引っ張って、そこにホーン・セクション (ラッパ隊) の煽りが入る静かな流れ。次の16小節からは右からピアノが入って (2分56秒) 、ここから徐々に音数が増えて行くんだけど、3分27秒からストリングス (弦楽器パート) が静かにフェードインしてくるあたりは流石の構成力。だって、これ禁断の指フェーダーだぜ? つまり、エンジニアが (Walter Gibbons本人かもしれないけど) オートではなく、マニュアル (指) で徐々に音を上げていくっていう (笑) 。元々はアレンジ上、基本的にストリングス部隊 (弦楽器隊) は鳴りっぱなしなんだよ。でも、ブレイク部分ではカットして、盛り上がりのタイミングを見ながら徐々にフェードインさせていく。このドキドキ感とワクワク感ですよ。ストリングスを入れたら今度はホーンセクションを退場させるって、ウォルター先生よ、あくまでも全員集合させないつもりだな。そしてストリングスの音量がMAXまで上がったら、今度は3分42秒でドラムとストリングスだけになるという、更なる音のリストラ行使 (笑) 。

 からの情熱ブレイク第二弾 (3分57秒)!

 切り替わりの瞬間に「プツっ」という編集の傷跡があるが (笑) 、ここから16小節にわたって重なる左のイヤホンから聴こえるサイドギター、これは完全なるオーバーダビング。つまり、Originalとして曲が完成した後に──正規のレコーディングが終了した後に再びミュージシャンが演奏を付け加えてる──1978年におけるこうした追加録音は極めて稀な作業工程だ。そしてなにより、この哀愁感が珍棒玉乱わけだけど、その刹那、4分26秒からはドラムとボーカルだけになる。この静寂──これは後半に用意された怒涛のブレイクサンダーに備えて用意された最後の精神的トイレタイム! 4分48秒にはコーラス、5分03秒には2分25秒から姿を消していたベースが御帰還、徐々に緊張感が高まる中で、ついにこの瞬間が訪れます・・・。

 はい、5分47秒、ここでカメラちょっと止めて!

 低音、抜けちゃいました。ここが歴史的瞬間です。最初にタネ明かしをするので、以下の説明を聴いてから鑑賞を再開してください──と、偉そうなことを言ってますが、 あくまでもこれはオレの推理というか音を聴いた上での推察なので、実際にそうだったのかは確かめようがないけど、まあ、理屈はさほど重要じゃないから。

 結論から先に言うと、おそらくこの12inchヴァージョンは、事前にLong Editした音源を2chにトラックダウンしたものを、さらにDJミキサー経由でLIVEイコライジングしながら再トラックダウンして制作されてます。どういうことかと言うと、まずはWalter Gibbonsがトラックダウン前のマルチ音源のテープを編集して、得意のLong Editを作成する。この際、ある程度のエフェクト処理や音のバランス調整に加えて、ギターのオーバーダビング等の追加録音も済ませておく。これを一度、2ch (LRのステレオ) にトラックダウンする。そのテープ音源をDJミキサー (UREI-1620) に入力する。Walter Gibbonsは実際にClubでDJプレイをしているのと全く同じスタイルでそのテープを再生する。その際にはいつもDJプレイ中にやっているようなグリグリをLIVEでやる。

 その生グリグリLIVE音源を再度トラックダウンしたもの──これが今回の12inchヴァージョンの正体だ!!!!

 実際に上記のような手順を踏んでいるかは別にして、大事なのは、この12inchヴァージョンが「DJによる世界初の生グリグリLIVE音源」であるということだ。「実際のClubと全く同じエモーションを擬似的に再現したリミックス」という言い方もできるが、よく考えてみてほしい。DJは必ずしも演奏家ではない。だから、LIVE音源と言っても、所詮はレコードという完パケしているメディア音源を再生することでしかDJなりの演奏を行うことはできないわけだが、一体誰が1978年という少し途方もない時代に、レコードにDJとしての自分のLIVE表現を刻み込んだと言うのだ──なによりもDJとして!

 そんなクレイジーなヤツは、少なくとも1978年当時はWalter Gibbons以外にいやしない。まるでギタリストがギターを弾くように、ドラマーがドラムを叩くように、ボーカリストが歌うように、彼は音楽を再生した。ただ彼がDJであったために、それは演奏ではなく再生に過ぎなかったが、その事務的作業にしかなり得ないと当時誰もが信じていた音楽再生という行為の中にアーティストとしての演奏家魂を吹き込んだことがなにより感動的だとは思わないか?

「こうして1978年、一人のDJが世界ではじめて記録メディア上でもアーティストと同じ舞台に上がった」──音楽検察

 それは、DJ機材一式が演奏家にとっての楽器と同じ意味を持つに至った最初の日でもある





(11) ちょっと久々の更新だけど、まるで何事もなかったように続きを書きはじめるぞ〜。目標は「年内完結」──あと2ヶ月半か、ま、大丈夫だろ。

 さて、今日は歴史的事件の始まりである「衝撃の5分47秒」以降の展開を細かく聴いていこう。


 ▶︎えーと、テキストの5分47秒のところを開いてください。
 


 メインの歌パートをさっさと済ませて2分25秒から突入するエディトリアルなブレイク。同時代のRockやPopsなら、ここに適当なギターソロなんかを挟んで、そのままサビのリフレインに立ち戻り、時計の秒針が4度目のゴールを迎える前に曲は終了となるわけだが、当然、同時代の最もキレてるDisco Musicの12インチはまるで異なる展開へと向かう──「なに言ってやがるんだ、夜はまだまだこれからだぜ!」と言わんばかりに、曲の大半を、要するに間奏部分 (ブレイク) に使う。

 3分42秒から行方をくらましていたラテン・パーカッション、こいつらの再登場部分──これが衝撃の5分47秒なわけだが、意欲的な読者は是非ヘッドフォンで聴いてみてほしい。

 わかったかな? 実際にはその2秒くらい前から、フワっとフェードインしてるでしょ? これ、完全に、いわゆる一つの「禁断の指フェーダー」というヤツ。当時はボリュームの自動制御機能とかないから、人が自分の指で音量フェーダーをライブで上げたり下げたりすることがよくあった。元のAlbum Versionでは、このラテン・パーカッションは基本的に常に鳴りっぱなしのパートなんだけど、Walter Gibbonsは長いブレイクにドラマティックな起伏を与えるため、3分42秒で退場させて、次の登場機会を感性の休憩所でじっと待った。

 3分42秒でラテン・パーカッションを消す時、おそらく彼はMuteボタンを押さずに──つまり、そのチャンネルの音 (ラテン・パーカッションの音) をスイッチでカットする方法を取らずに、ライブ的なインスピレーションの発動により、瞬間的なアイディアでフェーダーの方を下げちゃったんだろうね。もしもMuteボタンで音を消していたなら、復活させる時もボタン一つで瞬時にラテン・パーカッションのパートは立ち上がるわけじゃん? でも、禁断の指フェーダーでフワっと音が立ち上がったということは、この時も瞬間的なインスピレーションで曲芸のようにフェーダーを上げたと考える方が自然。

 そして始まるのさ、伝説の生DJライブが──。



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 photo: gearslutz.com



 5分47秒から再登場するラテン・パーカッションとハイタッチして交代するように、ドラムのボトム部分 (バスドラム) だけが抜ける。でもヘッドフォンでよーく聴くと、完全に消えてるわけじゃない。高音のカツっとした音域だけは微かに聞こえてる──つまりこれ、アイソレーターを使って、その場のアドリブで低音のON-OFFを直感的に演出してるんだよ。アイソレーターのダイヤル (つまみ) をグリグリやって、バスドラム (低音) を入れたり抜いたり。こうしたDJ的な煽りスタイルは今でもHOUSE系のDJが現場でよくやる手だけど、これをレコードの12inchリミックスの中で、しかも1978年にやるって、どう考えても頭オカシイ。

 5分47秒以降はバスドラムのON-OFFだけに注意して聴いてみてよ。これ、ドラマーが12inch用に叩き直したわけではなく、Album Versionでは終始4つ打ちされているものを、Walter Gibbonsがグリグリやって恣意的に出し入れしてるんだよ。つまり、 この12インチにおいては、もはやDJはアレンジャーであり、演奏者であると言えるわけだ。


 ここまでの激しい抜き差しはミキサーの縦フェーダーで実践するのは不可能。だから前述したように、「事前にLong Editした音源を2chにトラックダウンしたものを、さらにDJミキサー経由でLIVEイコライジングしながら再トラックダウンして制作されてる」と推理したわけだ。他に証拠もある。5分59秒のドラムのフィルイン部分で高音が滑らかに減衰していくのがわかるでしょ? これはフェーダー (音量) ではなくイコライザー (音質) による時間的音質変化──つまり、アイソレーターの高音ダイヤルを絞る動きで現れる音質変化──ゆえにミキサーの縦フェーダーで音の出し入れをしているとは思えないわけだ。

 この鬼気迫る神掛かったWalter Gibbonsの生DJ的なアドリブ・ミキシングは、6分59秒まで繰り広げられる。1枚のレコード作品として、もうこれは完全にメチャクチャですよ。一つの曲の中に何箇所も、お世辞にも美しいとはいえない強引なツギハギがあって、その場の感覚とノリだけで低音をカットしたり高音をカットしたりして、ミュージシャンが最初に吹き込んだ演奏者としての矜持や威厳を、いちDJ如きが木っ端微塵に粉砕してしまうわけだから。ただし、一つのレコード作品として体裁の汚い乱れたクオリティであったとしても、それでもこれは歴然と天才的な創造物なんだよ。だって、Walter Gibbonsがここで実践した様々なアイディア──これがやがてハウス・ミュージックの基本的なアレンジスタイルとして、もはや誰もが汎用する黄金の方程式になるわけだから。


 7分00秒以降は、高音のシャカシャカをカット気味にミキシングしつつ──おそらくこれもアイソレーターでイコライジングしてるんだと思う──、以降はサビのリフレインで特に楽曲全体を盛り上げることはせずに、激しいマグワイアー後の、ややピロートーク気味な気怠さも漂わせつつ、9分12秒で高音域を極限までカットする。完全に消えないで後ろでシャカシャカ鳴ってるのを聴けば、これがミキサーのMuteボタンによるOFFじゃないことはよくわかる。そして、この高音を元に戻すとどうなるかは、9分55秒の瞬間まで黙って待てばいい。

 一連のこうした現場的な音の出し入れを、記録メディアであるレコードに残した「Loleatta Holloway - Catch Me On The Rebound」こそが、DJによる直感的楽曲アレンジの、世界最古の音源的証拠だとオレは思うわけだ。そして、こうして瞬間的に紡がれた、ある種のアクロバティックなDJ的アイディアは、最初からアレンジの一部として緻密に取り入れられることで定型化し、フロアを盛り上げるための音楽的意匠として汎用化され、'80年代末から本格化する電子楽器におけるテクノロジーの圧倒的な進化を経て、'90年代初頭、ついに世界的なREMIX大噴火が起こり、本稿の本来の主役である「The Brand New Heavies - Never Stop 」へと話がつながっていくわけだが、そこに自然な流れで辿り着くまで、残念ながらこの連載は終わらない。

 尚、今回で「Loleatta Holloway - Catch Me On The Rebound」の完全解説はオシマイです。最後にWalter Gibbonsが同じ1978年に手掛けた傑作リミックスを紹介しておきます。



 

 

moukan1972♂





つづく




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